浄土真宗本願寺派 光寿山 正宣寺

愚痴のお育て

 仏さまの教えを聞くことによって、人間の考える世界に生きていた私が、仏さまの見られている、悟りの世界に生きる人間に変えられていきます。そして仏さまと話ができるような心を持つことになるのです。

 毎日の生活の中で、嫌なことがあったり、辛いことがあったり、腹が立つことがあったら、すべて仏様にぶちまけたらよいのです。人の前ではよい格好をしなければ仕方がありません。しかし仏様の前でよい格好をする必要はないのです。

 「愚痴をこぼすな」といいます。しかし「愚痴はこぼれる」ものなのです。こぼれるものはこぼしたらいいのです。愚痴を聞いて共感し、分かってくれる人がいてくれる、それだけで愚痴が半減します。

 仏さまの教えを聞くことは「そうでしたか」と頷き、仏の子として目覚めていくことです。

 私たちはかけがえのない"いのち"を生きながら、お互いに謗ったり、軽蔑したり、傷つけたりしています。それを一番悲しまれるのが仏さまなのです。

 反対に、仏の子としてお互いにいたわりあい、励ましあい、尊敬しあって1番喜んでくださるのも仏さまなのです。

 小さな子どもが母親に何でも言うように、仏様に何でも言ったらよいのです。言ったらすーっと心を浄化して下さるのが、仏さまのはたらきなのです。

 「南無阿弥陀仏」